山下塾は週に一回土曜日の開催なので、日曜から金曜6日間の碁の勉強は自分の家で出来る棋譜並べと問題集に取り組むことを奨めている。棋譜並べは自分の好きな一手を示すことと、問題集は解答が頭に入っているか簡単なテストをする。塾生には、少しでもいいから毎日囲碁の頭を使うように言っているので、塾長も毎日囲碁脳を使うようにしている。塾生たちに出す宿題の棋譜を選ぶのにネットで調べて、、なるべく格闘技を表している棋譜を選んでいる。そのほか一人の棋士の棋譜を集め並べることを自分に義務付けることにした。今はAI囲碁の棋譜はネット上で集められ、AI囲碁が人間より強いからその棋譜を勉強するのが良いとの考えもあろう。だがAIには囲碁観があるのかどうか分からない。人間の棋士なら囲碁観は読み取れる。3月の世界のレーテイングでは朴廷桓さんがナンバーワンである。50局ほど集めた。しばらく朴さんの碁を勉強してみよう。

以前に塾生が全日本の学生タイトルを獲得した折に塾長賞の申請をしたことがあったが残念ながら受賞できなかった。岩田小絵加君が全日本女流選手権で優勝したので塾長賞を申請したところ、塾長激励賞を受賞することになった。今年は塾長賞は無しで、岩田君一人が塾長激励賞を受賞した、ことになる。慶應義塾の囲碁の分野では初めてのことゆえ、我々囲碁関係者の誇りとなっている。授賞式は卒業式の時に授与される。囲碁三田会として出席すべきだが、先約があったので氣賀副会長に行ってもらい、教授席で授賞式に立ち会ったと聞いている。卒業式での塾長式辞を聞くのは楽しみの一つである。今年は長谷山さんの塾長として初めての式辞である。変化の激しい時代に、事の本質を見極める洞察力や新しい解決策を生み出す創造力、また異文化を理解し、異文化が衝突した時に平和的に乗り越える交渉力、ごく普通の人間としての倫理観を備えることの重要性について語られたようだが、もう少しするとネット上で全文聴けるのは有り難い。
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女流棋聖戦就位式の案内を頂いて出席した。16歳の上野愛咲美さんが2連勝でタイトル初奪取となった棋戦である。会場に和服姿で登場、挨拶ともに初々しいものである。いつもなら井山裕太さんが祝辞を受けるのであるが、今日は初めて祝辞を述べ、高尾紳路さんの乾杯発声など、日本棋院上げて新スター誕生を祝っているようだ。師匠の藤沢一就さんはプロ棋士養成に今一番熱心に取り組んでいる。有望な門下生が多数いるので、これから一就門下が大勢輩出されるであろう。ふと昨年のこの棋戦の決勝戦が浮かんできた。小学生の時に毎週山下塾に通っていた牛栄子二段が謝依旻棋聖に挑戦し1勝1敗の時にライブで観ていた。謝さんの大石を取りにいき、牛さんの母親に「勝ちましたね」、と電話したのを思い出したのである。あと一手のところで間違え、逆転負けであった。タイトル戦初登場で獲得した上野さんは、女流二強に割って入る可能性が大きいと感じている。

山下塾生OBのユウタロウ君が後輩の指導に来てくれた。彼は東京のプロ棋士の教室に通っていたが、遠いことから転塾を頼まれて引き受けた子である。何より対局態度が立派であった。学校でもユウタロウを見習え、と言われていると聞いたことがある。二年前第二志望の国立大学に合格したが辞退して一浪後の昨年第一志望の国立大に合格した。物理学を勉強している。前にも増して男っぽくなった。1年間の勉強でどれくらい成績が上がったか聞いた。大学入試センター試験で600点が700点に100点上がったと言う。100点というと50万人受けて何人抜いたことになるのだろう。現役の時の点数が低いから何の基準にもなりません、と謙遜するが、平均点が530点くらいだから立派なものである。浪人を決めた塾生OBに、1年間の努力の成果として伝えようと思う。

知人が1年前に本八幡駅近くに女性を対象としたレンタルスペースを起業した。今年から力を入れたい、と言っているので2人で酒とつまみを用意して訪れた。女性ならではの白を基調にした内装で、二方面に窓があり明るい部屋である。起業時駅近辺にレンタルスペースはなかったが、この一年で競合店が出来たらしい。2時間使用で1500円は安いと思うが、女性の財布の紐は堅いようで未だフル回転とは言えないそうである。さて自分ならどう使うか考えてみた。少人数のクラス会、何か趣味の教室といったところである。本八幡に住む棋友に女性囲碁教室に格好の場所があると話した。興味を持ってくれたので観に行ってくれるだろう。この起業が軌道に乗ってほしいと思っている。

山下塾生OBで4人が大学入試を迎えた。国立大学二次試験の結果が出て、そのうちの二人から浪人する、と連絡があった。一人は難関私大、もう一人は国立大志望であった。これまで殆どの山下塾OBは一年浪人して志望校に入っているのを見ているので、「努力に努力を重ねるように」、と伝えた。連絡のない二人もいずれ報告があるだろう。今年は都内の私大が入学者を絞ったので厳しかったと聞いている。自分は附属高から大学に進学したから浪人生活は知らないが、一年間の受験勉強で尊敬できる先生との出会いや、学校とは違う色々な体験をするはずである。この一年間は決して無駄ではない。一年後の朗報が楽しみである。

NPO法人囲碁文化継承の会で行っていた習志野市学童保育囲碁指導が終了した。10年前に習志野市の学童保育の先生方の全体会議の場で学童保育の時間に用具、カリキュラム、講師は当方で準備するので囲碁を取り入れるよう話した。5校が手を挙げてくれた。受ける条件としては、囲碁の時間は全員が囲碁を打つこと、とした。月に何回行くか、また生徒数も10数名から70名と学校によって様々である。担当の先生は1年ごとに変わるので一つの学校で長く続かない。津田沼小は当初から途切れることなく続いていた。ここは生徒数が多く二クラスなので毎週2名が指導に行っていた。昨年、市の方針で学童保育の運営が管理者制度になり、受託した業者が運営するようになって、囲碁の時間は月に1回、30分に変更になった。囲碁文化継承の会から山田さん他一名が受け持ってくれていたが、月一回の30分では囲碁指導の意味が無いとの判断に至った。管理業者に今学期で囲碁指導を終了する旨話して了解を得た。

前日見過ごした豊国神社と巨石を観に孫に朝イチで付き合ってもらった。出世開運の神、豊国神社では人気の大瓢箪お守りを頂いた。大阪城桜門を入ると巨石第一位の蛸石(130トン)が迎えてくれる。当時人間だけでどのように運んだか、思いはめぐる。左隣には第六位の碁盤石(82トン)がある。二人とも碁盤石に親しみを感じる。盛りは過ぎているが梅林に向かうと、思いがけず蓮如上人筆と称される「南無阿弥陀仏」の大きな石塔がある。これまで見た「南無阿弥陀仏」より迫力のある書である。しっかり写真に収めたので大きく印刷して臨書してみようと思う。臨書して自分なりの書になれば大阪観光の一番の収穫となる。

大阪に来た本来の目的は孫が出場する全国高校囲碁選手権大会が大阪で開催されているからである。大会は終わっているが合流して大阪観光をと思いついたのである。孫の東邦大学付属東邦高校チームとは何回も特訓をしたのでチーム力はよく分かっている。結果は団体戦で四位に入った。チーム力から考えれば、くじ運が良かったと言える。東邦高校で四位入賞は各ジャンルの全国大会出場の中で初めてのことらしい。今回の旅行は気遣いをしてくれる娘の案内に任せればよいので、いたって気楽である。宿泊のホテルは大阪城の真向かいにあって、たまたま三谷幸喜の清州会議、加藤廣の秀吉の枷を読み終わったばかりだから大阪城見物はタイムリーである。次いで若い人向きのユニバーサルなにやらはパスして、法善寺横丁、道頓堀、あべのハルカス、と年寄りに配慮したコースとなっている。乗り換え、道順、食事すべてネットで調べる。一番人気の店に行き、行列していると次の店をネットで調べる。何とも便利な世の中である。お好み焼き、タコ焼き、串カツを食べて満腹となる。アルコール抜きの食べ歩きもまた楽し。

囲碁三田会で最初に支部を認めたのは大阪囲碁三田会であるが、これまで一度も活動振りを見たことがない。高校囲碁選手権で二日前から大阪にいる孫と合流する序でに訪ねることにした。月に一回金曜日に日本棋院関西総本部で例会を開いているが、この日はあいにく予約が取れないので神戸囲碁会館での開催となった。この会館の経営者は安永一さんの娘さんである。慶應義塾大学一年後輩であり、囲碁部には入らなかったが時々見かけてはいて久し振りの再会である。この日集まってくれた12名のうち、何故か引退した将棋の有吉さんがいる。対局してみると石が緩まず気合の良い碁である。将棋のように一手勝ちを狙う攻め合いに持ち込んでくる。飲み会で大山、升田、河口、真部さん、と碁の強い将棋指しの名前が出てきた。また大阪ならではの囲碁界の話題も聞けて楽しい飲み会であった。

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